はじめに──その違和感に、名前を与える本
書店でこの本のタイトルを見たとき、少し身構えました。「人権」という言葉は重く、どこか自分には遠いテーマのように感じていたからです。
それと同時に、なぜか惹かれる気持ちもありました。もしかしたら僕は、仕事の中で感じていた“言葉にならない違和感”の正体を、どこかで知りたがっていたのかもしれません。
『ビジネスと人権』(伊藤和子著/岩波新書)は、そんな僕の背中を静かに押し「考えて見ましょう」と言ってくれるような本でした。

難しい理屈よりも、人としての当たり前を丁寧に見つめ直す、専門的かつ誰でも読める一冊です。
人権は“特別な概念”ではなく、毎日の土台にある
人権は弱者のためだけのものではない
この本でまず印象的だったのは、人権をとても身近なものとして捉え直す視点でした。
そもそも人権は、人であれば誰でも、生まれながらにして平等に認められる権利、人が尊厳を持って生きていくうえで必要な権利だ。空気と同様、誰にとっても、生きて生活していくうえで欠かせない。『ビジネスと人権』伊藤和子著/岩波新書 第1章 2ページ
人権と聞くと、大学教授や憲法学者が唱えることだと思いがちですが、その本質はもっとシンプルです。
具体的に申し上げれば、
- 理不尽に傷つけられないこと。
- 過酷な労働を強制されないこと。
- 偏見や差別なく扱われること。
それは“普通に暮らすための前提条件”なのだと、改めて気づかされました。
便利さの裏側には、誰かの痛みが潜んでいる
私たちの消費は遠い国の現場とつながっている
本書の第1章ではグローバル企業と、人権問題の関係について具体例を挙げています。
- ラナプラザ・ビルの崩壊
- 紛争鉱物をめぐる人権侵害
- ナイジェリアでの開発事業と人権侵害
- バリューチェーン全体で顕在化する人権への悪影響
- 気候変動
- 紛争や内戦とのビジネスのつながり
ここに挙げた章内のタイトルから想像されるように、スマートフォン、衣類、食品など、私たちの身近にあるモノの生産過程には、想像を超える現実が存在することもあります。
決して“告発の書”ではありません。むしろ本書は僕たち一人ひとりに、こう問いかけるのです。「まずは知ることから始めませんか?」と。僕はとても示唆に富んだ言葉だと思うのです。
人権侵害は、偶然ではなく「構造」から生まれる
日本には「人権擁護機関」が存在しない
また伊藤さんは同書で日本には「国内人権機関」が存在していないことを繰り返し説いていました。
日本には、政府から独立した人権擁護機関である「国内人権機関」(はじめに、第2章参照)も存在しない。国連作業部会最終報告書は政府に対し、「遅滞なく」設立するよう強く求めている。(同前 終章 224ページ)
日本は「基本的人権の尊重」を憲法で保障しているにもかかわらず、国内人権機関が存在しない。それゆえ企業による不祥事を人権の側面から調査することが出来ないのです。
僕は過去記事で「電通で起きた高橋まつりさん過労死事件」に触れました。
100時間を超える時間外労働に対策をせず放置しつづける企業は、著しい人権侵害を犯しているといえるでしょう。ただし国に人権機関が存在しないため、それを指摘し、強制力をもって是正を勧告することが出来ない現実があります。
与野党を問わず政治が「多様な価値観を尊重する社会」をスローガンとして掲げるのであれば、国内人権機関の設立は重要かつ緊急の課題ではないかと考えました。
大切なのは“向き合う姿勢”
また伊藤さんはこのような強いメッセージを発しています。
人が集まる企業において人権の影響が発生しないことはあり得ない。それが言えないということは、構造的な差別や不平等、有害な職場慣行が日常的なビジネスシーンにあまりに定着してしまい、人権問題として受け止められていないからではないか。どんな企業にもデフォルトで人権問題があるという視点で、改めて人権の課題に向き合うべきだ。(同前 第5章 164ページ)
僕はこの一節から、大事なのは完璧を求めるのではなく、問題が起きる可能性はどの企業にもあること。そして、有害な職場慣行(過重労働・ハラスメント)は重大な人権侵害だとの認識で向き合うことの重要性を感じました。
政治家の先生にも企業経営者にもこのメッセージが届いて欲しいと思っています。
働く私たちへ──“我慢”の副作用を知る
自分を責める必要なんて、本当はなかった
ここまで「ビジネスと人権」を僕なりの視点でご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?とくに僕のブログサイトに来ていただいてる30〜40代の女性読者には、このような経験をされた方もいらっしゃるのではないかと思います。
- 理不尽な扱い。
- 評価されない努力。
- 境界線を越えた要求。
- モラルでは語れない圧力。
それでも「私が弱いからだ」と無理やり飲み込んできたことがあるのかなと。
僕は本書を読んでこう思います。
それは、あなたの弱さではない。社会構造の問題なのだ。
本書でも紹介されている、2017年に米国で端を発した「#MeToo」運動。「一人一人が声を上げることで、社会は変えられる」「わたしたちにはその力がある」この伊藤さんの声を信じて、理不尽なことには「NO」といえる社会を目指していきたいと思いました。
社会で働くすべての人に手に取って欲しい本です。
次に読む一冊──『ブラッド・コバルト』へ
さて次はこの本を手に取りました。
『ブラッド・コバルト──コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで』(シッダルタ・カタ著/大和書房)

スマートフォンやEVのバッテリーに欠かせない“コバルト”。その採掘現場では、どんな現実があるのか。
『ビジネスと人権』で得た気づきを携えながら、今度はその最前線へ。
ここから、リレーブックレビュー第2章です。
もしよろしければ、もう少しだけお付き合いください。
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