はじめに
今日参加したイベント”手帳収穫祭”が思ったより早く終わりました。せっかく出かけてきたので、前から気になっていた高輪ゲートウェイまで、少し足を伸ばしてみたくなった。ブログ記事を書くための”取材”というほどではなくただの“散歩”です。

新しい街、新しいビル、新しい空気。けれど歩きはじめてすぐに、身体が小さな違和感を拾いはじめました。それはエントランス近くのベーカリーのすぐ隣に、香水の店が並んでいたことから始まりました。
パンの匂いと、香水の匂いがぶつかる場所
パンの匂いは、食欲を刺激します。香水の匂いは、空間を演出します。
どちらも「匂い」という同じ感覚に訴える要素ですが、この二つが同じ場所で重なった瞬間、僕は「パンの匂いがしないパン屋さんへ、足を向けるだろうか?」と思ったのです。
匂いに刺激された感情は、理屈抜きの行動を促す。食べ物の匂いがすると、食欲が湧きますよね? 空腹時であればなおさらです。だからこそ、この店舗配置には少し違和感を覚えました。
「生活の匂い」と「演出の匂い」が同じ空間でうまく噛み合っていない――そんな印象だったのです。
35,000円の香りと、110,000円の服
その香水ショップでは「5ml × 3本の香水」と「ディフューザー」のセットが「35,000円」だと教えていただきました。
さらにアウトドアブランドの店に立ち寄ると、ゴアテックス製のウインドジャケットが「110,000円」と超ゴージャスなお値段。
もちろん、価格には理由があります。素材、技術、ブランド、ストーリー。それらの積み重ねが値段に反映されるのは自然なことだと思うんです。
ただそれと同時に「UNIQLO」であれば5,000円ほどで手に入る機能の商品が、20倍以上の価格で並んでいるということは、この街で売っているものは「プロダクト本来の価値」ではなく「この場所にある意味」を売っているのだと教えてくれているようにも感じました。
本が“主役”ではない書店で
この流れのまま、5階にあるカフェ併設の書店「BUNKITSU TOKYO」に入りました。

特に欲しい本もなかったのですが、昨日の日経新聞で紹介されていた「この本」ならあるだろう、東京の中心にできたコンセプチュアルな街の書店に相応しい内容だよね、と思ったのです。
『いくつもの、武蔵野へー郊外の記憶と物語』赤坂憲雄著 岩波書店

しかしその本は「在庫なし」でした。
お店の中を見回してみると”約6割ほど”はカフェとレンタルエリアのように感じられました。本棚は決して少なくないのですが「本を選ぶ場所」というよりは「本を感じるひとときを過ごす場所」という印象のほうが強く残りました。
「はて?」と、ここで考えたのです。
新聞が読まれなくなったのでしょうか。それとも書評欄は読まれなくなったのでしょうか。あるいは、本好きと呼ばれる人たちが、もう新聞書評で本を選ばなくなったのでしょうか。
一方で書店の側はどうなのでしょう。新聞書評を見て本を買いに来る人は、もはや想定されていないのでしょうか。ここにいる人たちは、本を求めに来たのではないのでしょうか。
そんな堂々巡りの考えが頭の中を「ぐるぐる」回っていました。
しばらく熟考すると、この場所は「知性」を得る場所ではなく、パッケージ化された「知性らしきもの」を得る場所かも?との仮説に至りました。まだこれが”答えだ!”という確証はなので、もう少し考えます。
「衣食住+文化・芸術+交流」というコンセプトと、本の不在
高輪ゲートウェイは「衣食住+文化・芸術+交流」を中心コンセプトに、デザインされた街だと聞いています。だからこそ、都市社会学や都市構造論、文化人類学といった分野の本が、もう少し当たり前に並んでいても良いのではないか――そんなことを考えてしまいました。
今後この街には現代アートの拠点ができる、という話もあります。それ自体はとても前向きな試みだと思います。
ただ「文化をどう育てるのか」という視点と「文化をどう演出するのか」という視点は、似ているようで、少し異なるものだと僕は考えます。
文化は、すぐに役に立たないものだから
文化はすぐに根付くものではありません。それがいつ、誰の役に立つのかも、最初から分かるものでないでしょう。
それを、マーケティングやコスパ・タイパといった“すぐに答えが出る物差し”で測ろうとすると、どこかに無理が生じてしまうと思うのです。
時間をかけて育つものを「どれだけ早く回収できるか」で判断する。その矛盾は、街づくりでも、文化でも、歪みを生み続けてしまうように感じます。
この歪みが続いていく先に、いままさに斜陽化の一途をたどる「百貨店」と、どこか重なる風景を見てしまうのは僕だけでしょうか。
「思考」にも「嗜好」にも応えてもらえない場所
高輪ゲートウェイは、きれいで、整っていて、洗練された街でした。そこで提供される、香りも、服も、本も、すべてが“演出”としてよくできています。
しかし”BUNKITSU TOKYO”の書籍検索で「在庫なし」の文字を見たとき、こんな気持ちが浮かびました。
──あっ!ここは、僕の「嗜好」にも「思考」にも、応えてもらえない場所なんだな。
それは失望という感情ではなく、ただ『商業演出に対する自分の立ち位置』と『文化とビジネスの境界線』を確認できたのだという感覚でした。
僕が本を「読みたい・書いたい」と思う場所は、もっと生活の匂いがして、もう少し雑音があって、香水ではなく紙とインクの匂いのする場所、誰かの“演出”ではない時間が流れている場所なのだと思います。
今日はそれが分かったので”実りある散歩”でした。

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