はじめに|なぜ「小さな声」に耳を傾けるのか
「絶対安全なら東京湾に原発を」
かつて投げかけられたこの問いは、長く国策の中でかき消されてきた。しかし、想定外の自然災害と人為的な錯誤が重なったとき、「絶対安全」という前提は崩れた。
それから15年。
いま再び、原発の再稼働が議論されている。僕は震災の揺れを体験し、テレビ越しに原子炉建屋の爆発を目にした。そして現在も、電気を不自由なく使いながら生活している。
その現実に、どこか言葉にしきれない違和感が残り続けている。そんなとき、この本の存在を知った。
『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』
(青木理著/集英社)

読み終えて感じたのは「知らなければならない事実がある」ということだった。
福島県飯館村に生まれ育った、102歳の老人が自ら命を絶った。この出来事は、単なる一つの悲劇として片付けていいものではない。
僕らは、福島の長閑ながらも「美しい村」から発せられた「小さな声」に耳を傾ける必要がある。
飯館村で起きたこと|6000人の村が1500人になった現実
冷徹に記してしまえば、それもこれもすべてはひどく表層的で、所詮は”かりそめの変化”にすぎない。以前は6000人を超えていた村の居住者は現在に至ってもわずか1500人余。(203ページ)
福島県飯館村は、かつて6000人以上が暮らす農村だった。しかし、原発事故によって全村避難を余儀なくされる。
現在、村に戻った人は1500人余りにとどまる。いわゆる帰還率は約2割。その多くは高齢者で占められている。
かつての暮らしは、そのままの形では戻らなかった。数字だけを見れば、それは「人口減少」の一言で説明できてしまうかもしれない。しかし、その背後には、それぞれの人生と生活の断絶がある。
102歳の自死は問いかける|なぜ、この悲劇は起きたのか
それにしても文雄はいったいなぜ、自死の決断に至ってしまったのだろうか。あらためて記すまでもなく、生まれ育った村を追われて不便な避難生活を強いられることへの強烈な拒否感が最大の理由だったのは疑いない。(107ページ)
本書の中で語られる一つの出来事がある。飯館村に生まれ育った102歳の男性が、自ら命を絶った。長い年月を生き抜いてきた人間が、なぜ最期にその選択をしなければならなかったのか。
理由は単純ではない。しかし確かなのは、原発事故によって「生きてきた場所」を奪われたことが、その背景にあるということだ。
生まれ育った土地を離れ、見知らぬ場所で暮らす。日常のすべてが断ち切られる。その現実は、単なる「避難」という言葉では収まりきらない重さを持っている。
「原発と戦争」構造の相似形|“国策”に翻弄される人生
しかし弟の久は、軍部の暴走などによる重大な国策の過ちに搦めとられ、先の大戦の最末期に”捨て石”の戦いへと動員され、わずか21年という短い生涯を強制的に閉じる運命を強いられた。しかもその遺骨はいまだ火山島に眠ったままにされている。そして兄の文雄もまた、国策の名の下に押しつけられた巨大発電装置の破滅的事故によって運命を暗転され、生涯を捧げた故郷と家と田畑を捨てろと迫られ、思い煩いつづけた弟の死から66年後の2011年4月、実に102年の人生に終止符を打った。(163ページ)
本書はさらに、もう一つの視点を提示する。それは「戦争」との連続性だ。
102歳の男性の弟は、戦争によって命を落としている。国家の判断によって動員され、短い人生を終えた。
そして兄は、原発という巨大な国策の結果として、故郷を追われ、自らの人生に終止符を打った。
戦争と原発。一見まったく異なる出来事のように見えるが、その根底には「国家の意思が個人の人生を左右する」という「構造の相似形」がある。
個人ではどうすることもできない力の中で、人は選択を迫られる。
おわりに|この本は誰に読まれるべきか
「102歳の老人にそんな死に方をさせる社会は明らかに間違っているし、これは原発事故で避難を強いられた人びとの苦労のを象徴する出来事であもある。」(183ページ)
知ったからといって、社会を変えられるわけではない。それでも、知らなければ何も変わらない。この本を通して知ることができるのは、数字でも、出来事でもなく「声」である。
大きな声ではない。社会の中で見過ごされてきた、小さな声だ。それに耳を傾けることが、いまの僕たちにできる数少ない選択のひとつだと思っている。
この本は、特別な立場の人のためのものではない。むしろ、日常をとくに不自由なく生きている人にこそ読まれるべきだと思う。
自分の生活が、どこかで誰かの負担の上に成り立っているかもしれない。その可能性に目を向けること。
それは決して快いものではないが、目を背けていいものでもない。自死により、発せられなかった102歳の古老の「小さな声」。
それに想いを馳せ、社会に発せられた「声なき声」に耳を傾ける読書は、新たなる悲劇を生まないための契機なると信じたい。
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