はじめに|なぜ「頑張れない人」は否定されるのか
でも、黙っていれば娘は、もう二度と手の届かない存在になってしまうかもしれない。胸の奥が締め付けられ、指先が冷たくなっていったそうです。(中略)「今日廣岡先生に相談したのよ。とても優しい先生で信頼できるのよ。一緒に助けを求めようよ」。しばらくして、春香さんが小さくうなずきました。(163ページ)
この場面を読んで、手が止まった。「二度と手の届かない存在」とは、「死」を意味するのではないか。
そう思った瞬間、胸の奥が締めつけられた──このあと、心が疲れた5人の物語は、静かに動き出す。
精神科医・広岡清伸先生の著書『ごめんなさい、もうこれ以上頑張れません』(アスコム)は、「生きるとは何か」を静かに問いかけてくる一冊だった。

冒頭の引用は、パワハラ上司に追い詰められ、心を病んでしまった「診察室04:野村さん」を心配する彼女のお母さんが、娘を広岡先生の診察へとつなぐ時の心象風景である。
心臓の動悸が止まらず、胸の奥が締めつけられるような感覚に襲われた。気がつけば、肩を震わせていた。本を読んで涙が出ることはある。でも、このときの涙は少し違っていた。
広岡先生につながって「本当に良かった」と心の底から思えたからだ。
この場面以外にも感銘を受けた言葉がいくつもあった。読み終わったいまも頭の中に響いている。それでは詳しくレビューしていこう。
『ごめんなさい、もうこれ以上頑張れません』はどんな本か
競争だけがもてはやされ、”頑張ったけど夢に届かなかった人たち”の価値が否定されてしまうような世界に、わたしは違和感を覚えています。(はじめに:7ページ)
本書は、精神科医として1万人以上を診察してきた著者が、心が折れてしまった人たち5人の実例をもとに語る一冊である。
いわゆる自己啓発書の多くは「もう少し頑張れば変われる」と語る。しかしこの本は違う。ここで語られるのは、「前に進むこと」ではなく、いったん立ち止まることの意味である。
答えも、正解も提示されない。ただ繰り返し「傷ついたなら休んでいい」と書かれている。そして、怖さや不安を感じながら、それでも「生きていける」と語りかけてくる。
決めつけない、押しつけない。そんな著者の語りは、心が疲れた読者にとっての、よりどころになるだろう。
「立ち止まること」を肯定する視点
僕たちは、立ち止まることに強い不安を感じる。
周りが進んでいるのに、自分だけが止まっている。その状態に耐えられず、無理をしてでも前に進もうとする。
しかし本書は、その前提をやわらかく覆してくる。立ち止まることは、後退ではない。むしろ、回復のために必要な時間である。
わたしは、患者さんに”休息を学ぶことは、人生を学ぶこと”とお話ししています。(78ページ)
この言葉が示すように、休むことは怠けではない。それは今まで、僕たちが学んでこなかった、生きるための技術なのだ。
うつは弱さではなく「生きてきた証」である
うつ病は敵でもなければ、退治すべき「病魔」でもありません。それは真面目に生き、責任感を持ち、人を思いやれる人ほど抱える「生きている証」です。(115ページ)
本書の中で語られる、うつ病の捉え方も印象的だった。うつは「弱さ」ではない。むしろ、真面目に生き、責任を果たそうとしてきた人ほど抱えやすいものだという。
社会に適応し期待に応えようとして、頑張ってきた人が、あるとき、その限界に達する。
それは、怠けではない。
そして、逃げでもない。
むしろ、それまでの生き方の延長線上で起きた、ひとつの心の反応である。
この視点に触れたとき、「頑張れない自分」を責め続けてきた人は、少しだけ肩の力を抜けるのではないかと思う。
まとめ|「もう頑張れない」と思う人にこそ届いて欲しい
花が人に見られるために咲くのではないように、人間も同じです。人生もまた”評価されるため”にあるのではないのです。(116ページ)
花は、人に見られるために咲くのではない。この本の中で語られるこの比喩が、強く印象に残っている。
人間も同じで、人生は評価されるためにあるのではない。誰かに認められなくても、誰かに見られていなくても、自分のペースで咲き、生きていること自体に意味がある。
成果や評価に縛られているときほど、この言葉は静かに響いてくる。
「もう頑張れない」
そう思ったことがある人にこそ、この本は届いてほしい。頑張れない自分を責めている人。立ち止まっていることに不安を感じている人。
そんな人にとって、この本は前に進むための一冊ではない。むしろ、立ち止まることを許してくれる一冊である。
そして、そこからまた歩き出せばいい。人生は、止まってもいい。
そこからまた、始めればいいのだから。
「生きている限り価値がある」(235ページ)
生命とは、人生とは、ここに在り続ける限り価値がある──読み終えたあと、背表紙を眺めながらそんな余韻にしばらく浸っていた。
謝意
この書籍は参加中のプロジェクト「ツナグ図書館」を通じて、出版社「アスコム様」よりご恵贈いただきました。ご厚意に深く感謝申し上げます。
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