はじめに
僕たちは民主主義を、選挙によって代表者を選ぶ政治制度のことだと思い込んでいないだろうか。
僕自身も、そうだった。
しかし『民主主義とは何か』(宇野重規著/講談社現代新書)を読んで、その認識は大きく揺らいだ。

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本書は古代ギリシャから現代日本に至るまでの民主主義の歴史を平易にたどりながら、その本質が制度ではなく「主権者の態度」にあることを静かに示していく。
民主主義を「仕組み」だと思っていないか
このようなポリスのあり方から生まれてきたのが「政治」です。「政治」には、公共の場所において、人々が言葉を交わし、多様な議論を批判的に検討した上で決定を行うという含意があります。あるいは、それこそが「政治」の定義なのです。(48ページ)
議会制や普通選挙は民主主義の重要な装置ではあるが、それ自体が民主主義の中身ではない。
主権者である私たちが、どのような国家を望むのかを考え、その意思を表明すること──そこに民主主義の核心がある。
本書を通じて見えてくるのは、民主主義の原型である古代ギリシャの直接民主主義──市民同士の直接対話に臨む姿勢こそが民主主義を支える根幹であるということだった。
「議論・妥協・責任」という重たい前提
多様な人間によって生み出される複数性を政治の重要な要素とみなしたアーレントの議論は、全体主義を経験した20世紀を代表する政治的考察の一つとなりました。政治とは単なる利益調整ではなく、相互に異なる多様な諸個人が言葉を交わすことによって、自由で公共的な空間を創出することにある。このメッセージは、今日なお私たちの心に響くものを持っています。(208ページ)
民主主義の前提として著者が繰り返し示すのは「議論」「妥協」「責任」である。
異なる立場を持つ他者と議論し、完全な勝利ではなく妥協点を探り、その結果に責任を負う。この一連の過程は決して快いものではない。
しかし、その重さを引き受けることこそが、民主主義の条件なのだと本書は教える。民主主義とは、心地よい正しさの確認ではなく、面倒で複雑な現実に向き合う営みなのである。
なぜ今この本を読む意味があるのか
政治家にとって重要なのは結果だからです。どれだけ善意であっても、結果として国民を奈落の底に突き落としてしまうことなど、決して許されないのです。その意味で、政治家は主観的に自分が正しい思う「信条(信条)倫理」だけでは不十分で、結果に対して責任をもつ「責任倫理」が不可欠だというのが、ウェーバーの主張でいた。(181ページ)
本書の中で紹介されるマックス・ウェーバーの「責任倫理」という概念は、とりわけ印象的だった。
政治において重要なのは善意や信念だけではなく、その結果に対して責任を負う姿勢であるという指摘は、時代を超えて重みを持つ。
理念を掲げるだけでなく、現実の帰結を引き受ける覚悟が求められるという点で、民主主義は常に私たち自身の態度を問う。
まとめ
しかしながら、長期的には人々は新たな技術を通じて、政治の透明化を実現し、市民のアイディアをより直接的に政治や行政へと結びつける可能性を拡大していくことに、私たちは賭けるしかないと思われます。(263ページ)
民主主義は制度の名前ではなく、主権者である私たちの生き方に関わる問題である。
投票は単なる政治的イベントではなく、自らが望む社会を表明する行為だ。本書はその当たり前でありながら見失われがちな事実を思い出させてくれる。
僕たちは結果に責任を持つ主権者であろうとしているだろうか。民主主義を「仕組み」として消費するのではなく「態度」として、重く引き受けるための一冊である。
謝意
この書籍は参加中のプロジェクト「ツナグ図書館」を通じて、出版社「講談社 様」からご恵贈いただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。どうもありがとうございました。
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