本を買う際、”これ価格に見合う内容かな?”と迷うことはありませんか?
そんなとき役に立つのがブックレビューです。僕自身、推しの著者を除けば、レビューを手がかりに購入を決めることがあります。
よく考えてみると、ブックレビューは単なる感想文ではなく「意思決定の不安をやわらげる灯火」として機能しているように思うのです。この連載では、ブックレビューという文化の役割と倫理を、少し掘り下げていきます。
第1回は「なぜ私たちはレビューを読むのか」という視点から考えてみたいと思います。
ブックレビュー論 連載ポータル
なぜ、私たちはレビューを読むのか
改めて申し上げると、僕は推しの著者は別として、この本は買うべきか迷ったときに「ブックレビュー」を参照します。しかしそこで、「良かった」「面白かった」の単なる感想を読んだだけでは、購入の決め手にはならない。
そう考えると僕がレビューを求めるのは”意思決定に伴う不安を和らげる効果”です。
お金と時間というリソースを投じる前に、その選択が正しいかどうか、ほんの少しだけ確かめておきたい。レビューは、そのときの”コンパス”のような存在といえるのです。
同時に、レビューにはもう一つの顔があります。それは、まだ読んでもいない本の世界へ、開かれたドアとしての役割です。
ブックレビューの役割とは?
読んだ人の視点を通して、本の思想やテーマに触れ、自分の中で「理解の仮説」を組み立てる。レビューは、読書体験を事前に軽くトレースするための装置でもあるのです。
だからこそ、レビューとは本来、
書き手の内側を吐き出すものではなく、
読み手の判断や理解の助けとなるもの
であるべきだと、僕は考えています。
たとえば「日記」と「レビュー」は似ているようでいて、本質的には異なる営みです。日記は、書き手のための文章。自分の心の整理や記録として価値を持ちます。
一方、レビューは他者の役に立つことが前提となる文章です。つまり、レビューとは公共の場で公開され、不特定多数の人へ向けられた文章であり、読者が存在してはじめて成立する形式だと言えるでしょう。
ここで重要なのは、
レビューは“書く側の満足”ではなく
“読む側の価値”によって評価される
という事実。
それは、厳しく聞こえるかもしれません。しかし、レビューとは本来そのような文化的な倫理の上に成立しています。
読者は、ただ娯楽として文章を眺めているのではなく、自分の人生の時間を差し出し、その対価として、
- 新しい視点
- 世界との繋がり
- 知的な刺激・興奮
を受け取りたいと思っている。
だから僕は、レビューとは「知の入り口」を案内する、水先案内人のようなものだと捉えています。
本を読むという行為は、ある種の冒険です。未知の思想に触れ、時に価値観を揺さぶられ、ときには救われる。
レビューは、その冒険へ踏み出す前に、地図を少しだけ広げて見せてくれる存在なのです。
そして、その地図は正確で、誠実で、読み手の側を向いている必要がある。僕はここに、レビューという文化の核心があると思っています。
まとめ──ブックレビューは出版文化の一翼を担う
さらに「著者」「出版社」「読者」に影響を及ぼすとの覚悟を持って書いているか。これもブックレビューを読む・書く上で大事なポイントです。
総じていうならば、SNSやWebサイトで公開するブックレビューは出版文化の一翼を担っている。知的で文化的な営みであり、高い倫理性を求められるのです。
以上の第1回目のブックレビュー論は、私たちはなぜブックレビューを読むのかをお届けしました。
さて次回は、その役割を担うブックレビューの「本質」を、より具体的に掘り下げていきたいと思います。
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