【THINK INK NOW ブックレビュー論】第6回:「ネタバレ」という言葉が、思考を止める

【THINK INK NOW ブックレビュー論】第6回「ネタバレ」という言葉が思考を止める|書評と読書体験を考える ブックレビュー
「ネタバレ」という言葉が、いつの間にか思考を止めていないだろうか──。 ブックレビューという行為の本質を、改めて問い直す第6回。

「ネタバレ」という言葉は、何を誤魔化しているのか

ブックレビューに限らず、映画紹介でもそうだが、その手の文章には必ずついて回る言葉がある。

「ネタバレ」

書く側も、読む側も、この言葉をまるで触れてはいけない地雷のように扱っている。だが僕は、ずっとこの言葉に違和感を覚えてきた。

なぜなら──ネタバレという言葉そのものが、書評の思考を止めてしまっていると感じるからだ。

ネタバレは「内容を言うこと」ではない

まず整理しておきたい。そもそも詳細なブックレビューは、読者からその本に対する興味を奪うものなのだろうか。

その前提が成立するとして、いわゆる「ネタバレ」が致命的になるのは、プロットやトリック、あるいはオーラスの結末など、意外性そのものが作品の価値を支えている場合だ。

ミステリーやサスペンスでは、その開示にならないような慎重さが求められるだろう。しかし、文学作品、思想書、評論、ノンフィクション、ビジネス書の多くはどうだろうか。

内容を事前に知ったからといって、読む価値が大きく損なわれる本は、実はそれほど多くない。

それにもかかわらず、僕たちはすべての本に対して、一律に「ネタバレ禁止」という空気を適用してしまっている。ここに、最初の歪みがある。

ネタバレ恐怖が生む、読書体験の劣化

ネタバレを過剰に恐れる文化は、読書を次のようなものに変えてしまう。

  • 初見の驚きがすべて
  • 一度読んだら価値が下がる
  • 結末を知ったら損をする

これは、読書を消費イベントとして扱う態度だ。

しかし本来の読書体験は、そうではない。再読によって意味が変わり、引用によって輪郭が立ち、解釈の微調整によって、より理解が深まっていく。書籍に表されている言説を、より精密に読み直せるようになる

しかし、ネタバレの恐怖は、読書を「一回性の娯楽」と決めつけ、そこに閉じ込める装置になっている。

ブックレビューが本当に開示すべき情報とは

では、書評は何を伝えるべきなのか。

僕はこう考える。書評とは「何が起きるか」を伏せる行為ではない。「読むことで、何が起きうるか」を示す行為だ、と。

  • 価値観が揺さぶられる
  • 読み進めるのが精神的にきつい
  • 前提知識がないと置いていかれる
  • 読後、しばらく考え込むことになる

これらはネタバレではなく、むしろ読者への誠実な情報提供ではないだろうか。

まとめ──「ネタバレ」という言葉が隠しているもの

結局のところ、「ネタバレ」という言葉は、何を誤魔化しているのか。

それは、書き手の覚悟と、読み手の主体性だ。どこまで示すのか。どこから読者に委ねるのか。その線引きを考える代わりに「ネタバレだから」という言葉で思考を止めてしまう。

それは安全ではあるが、必ずしも誠実な態度とは言えない。

ネタバレを恐れるあまり、レビューの多くは本の核心ではなく、安全圏だけをなぞるものになりがちだ。

そもそもレビューとは、読者を守るための柵ではない。

読むことで何が起きうるのか。そのリスクと可能性を、あらかじめ提示すること。お金と時間を差し出して、何が得られるかを暗示すること。

それが、ブックレビューという行為の本質だと、僕は思っている。

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