pen-infoは16人の読者から始まった。 土橋正氏が語る、発信が仕事になったストーリー 

ステーショナリー・ディレクター土橋正さんへのインタビュー インタビュー
文具ウェブマガジン「pen-info」を23年間発信し続けるステーショナリー・ディレクター、土橋正さんに聞く「文具と仕事」の哲学

「メルマガを立ち上げたときの読者は16人でした」

そう語るのは、文房具の魅力を発信し続けるウェブマガジン「pen-info」の主宰者で、ステーショ ナリー・ディレクターの土橋正氏。

好きな文具について純粋に書き続けた情報発信は、やがて雑誌連載や書籍出版、さらには商品プロデュースへと、独自のビジネスへとつながっていきました。

16人から始まった発信がなぜ23年間も続き、土橋氏ならではの仕事へと育っていったのか。

今回のインタビューでは、これまでの歩みとともに、愛好家の枠を超えてたどり着いた「存在が無になる文具」という独自の文具観についてお話を伺いました。 

土橋正さんプロフィール 

ステーショナリー・ディレクター 土橋正さん
文具ウェブマガジン「pen-info」を主宰するステーショナリー・ディレクター 土橋正さん

ステーショナリー・ディレクター
文具の国際見本市主催会社に10年間勤務。2003年、土橋正事務所設立。
pen-info SHOPで自ら企画した文具を各種販売している。

文具メーカーとコラボした商品多数。

文具ウェブマガジン pen-infoでは、600本以上の文具コラムを連載中。
YouTubeチャンネル pen-info

著書

暮らしの文房具」玄光社
仕事文具」 東洋経済新報社 *台湾語版
モノが少ないと快適に働ける」 東洋経済新報社 *タイ語版
文具上手」 東京書籍  *台湾語版
文具の流儀 ロングセラーとなりえた哲学」 東京書籍  *台湾語版
仕事にすぐ効く 魔法の文房具」 東京書籍
やっぱり欲しい文房具」 技術評論社

共著

文房具のやすみじかん」 福音館書店 *韓国語版
ステーショナリー ハック!」 マガジンハウス

※プロフィールはhttps://www.pen-info.jp/aboutmeより転載

会社員が情報発信を始めるまで

わたしが新卒で入社したのは「ISOT」というイベントを主催する展示会の会社でした。そこでは希望を聞かれることはなく、機械系やコンピューター系など様々な展示会がある中で、ひとり一つの展示会へ配属されます。そこで偶然、わたしは文具の展示会の営業担当になりました。

面接で文具好きと言ったわけでもなく、そもそも当時、文具を趣味としている人はごく一部だったと思います。それでもわたしは文具が好き。担当になれて良かったと思いました。

会社が主催する展示会に出展してもらうメーカーさんを募るのが、わたしの仕事でした。紙製品メーカーから筆記具メーカーまで、会社の規模も大手から中小まで幅広く営業に回りました。いろんなメーカーさんを訪問する中で知り合いができ、商品もいろいろ見せてもらえて、深く文房具を知る機会になりました。

会社勤めをしていた「35~36歳」の時に家族でキャンプに行く機会がありました。子供がいて、プライベートも大変充実していた時期でした。本を読んだりして過ごしました。仕事から離れゆっくりする時間もあったので、先々の人生を色々と考えたんですよね。その時の年齢を2倍にするとちょうど「70歳」。自分がいつ死ぬかはわからない。元気でいられる年齢がそこだとすると、いまがまさに、人生の折り返し地点だと強く意識しました。「この先も会社員生活を送っていくのか」「もし違うことをするならば、今こそ新しいことをはじめる絶好のタイミングかもしれない」と。

会社員生活は充実していて、やりがいもありました。しかし、人生の後半戦も同じことをやりたいかと、自分に問いかけたら答えは「NO」。何をやりたいか、ハッキリ決まっていたわけではありません。けれどもこの先もずっと、会社員を続けるつもりはない。それが新しい取り組みを探し始めるきっかけになりましたね。

その頃、マスコミ報道で「週末起業」というトピックを目にしました。会社勤めをしつつ、土日や平日の夜を使って独立の準備を始めるというものです。独立して自分の力を試したいと模索していたわたしにとって、このキーワードはすごく響きました。さっそく週末起業フォーラムに入会。しかし何をやるかはゼロの状態です。いざフォーラムに参加すると、すでに成功している人たちがいて、テキストやセオリーが用意されていました。

そこでのファーストステップは「まずあなたの好きなことで、情報発信してみましょう」というもの。自分の好きなことを仕事にするというテーマが中心でした。「好きなことって何だろうか?」と自分に問いかけると、その答えは文具でした。将来はお店をやりたい気持ちもありましたが、いきなり開業するのはリスクが高い。まずはインターネットで情報発信をやって、軌道に乗ったらという考えに至りました。

時期を同じくしてIT系も充実しはじめていました。けれども今とは違い、まだブログはなく、メルマガのみ。それでも週末起業のセオリーに沿って、情報発信を始めたのは「約23年前」の2003年11月。「まぐまぐ」というメールマガジンで、文具をテーマに配信を始めました。

スタート直後はサービスプロバイダーの後押しもあり、公式アカウントでPRをしてもらいました。当時はメルマガの黎明期。上昇基調にあり、新規で出せば読者が集まる時代。上手くいけばビジネスとして成り立つくらいの勢いがありました。最初から100や200の読者が付くのは当然で、ヒットすれば1000という数字になっても不思議ではない状況です。

しかし、わたしが出したメルマガの最初の読者数はたった「16名」。週末起業フォーラムのセオリーからすると「そのテーマは無理です」というレベルであり、文具の情報発信を仕事にするのは、そもそもマーケットニーズがないと思われた様子。それでもわたしはショックを受けることもなく、逆に「16名もいてくれたのか」と嬉しくなりました。

メルマガ配信を始めてからホームページも開設し、毎週火曜日にメルマガを配信、Webサイトでの文具コラムも毎週更新していました。けれども1年間まったく反応なし。読者は数十人単位で増えていたものの、面白いとも面白くないとも一切の反響がなかったのです。それでも会社勤めは続けていたので、別に生活に困ることはなく、メルマガを辞めようとは全然思いませんでした。

木製速筆ペントレーと土橋さん愛用のペン
pen-info 土橋さんプロデュース 木製速筆ペントレーと愛用のペン

情報発信が仕事になっていく物語

その後、メルマガを始めてから2年ぐらいの時期に、少しずつ変化が起きました。当時のわたしと同世代である、30代のビジネスマンを中心に「毎週楽しみにしています」「紹介されていた文具を買いました」「この記事が良かったです」といった感想が届きはじめました。

そしてちょうど創刊のタイミングだった雑誌『趣味の文具箱』から、初めてのお仕事が舞い込んだのです。当時の編集長が、わたしのウェブサイトを見てくれたのがきっかけでした。お互いにカメラ好きだったこともあり「一回お会いして話をしましょう」ということになり、大井町のスターバックスで待ち合わせをしました。

ただ初対面なので顔が分かりません。そこで「お互いライカを提げて目印にしましょう」と約束したんですよ。お会いした後、好きな文具について「わーっ」と熱く話したら「創刊号でちょっと記事を書いてみますか?」と提案されました。とても嬉しかったですね。それが、原稿(いわゆる署名記事)を書いてお金をいただくという、初めての経験になりました。たしか鉛筆についての記事だったと思います。

『趣味の文具箱』での執筆を機に、他の雑誌社からも文具特集への寄稿依頼が少しずつ増えていきました。そして、メルマガを読んでくれていた書籍編集者から「本を出しませんか」とお声がけをいただいたんです。

これは本当にありがたかったですね。2003年に情報発信を始めてからの1年間は、鳴かず飛ばずでした。その後2年目から雑誌への寄稿が始まり、意外に早く出版までたどり着きました。そして2005年、技術評論社から記念すべき1冊目の商業出版となる『やっぱり欲しい文房具(※)』を出版することができました。振り返るとこの商業出版が、会社を辞めて文房具の仕事に一本化する契機になりました。

※ 技術評論社・2005年  https://gihyo.jp/book/2006/4-7741-2609-8

独立後に文章を書いてお金をいただく仕事として、文具メーカーの「ぺんてる」さんの、販売店・ユーザー向けに商品情報を発信する企画に採用していただきました。「第三者的な立場の意見の方が説得力があるだろう」ということで声をかけてもらえた。この仕事はコロナ禍の前まで続きましたね。

他にも数社の文具メーカーさんへのアドバイザー的な仕事が決まった時期でもありました。以前参加した週末起業フォーラムでは「独立の方法として、コンテンツを作って情報発信していきましょう」と学びました。だから、ひたすら好きな文具のことを発信し続けたんです。いくらそのことが好きで多少詳しくても、外に向けて出していかなければ、誰にも分かってもらえません。自分の発信を、編集者やメーカーの担当者に見てもらう。そしてコンテンツとして認めてもらうと仕事が来る。発信が営業活動になり、続けることで仕事に繋がっていったんだと思います。

また、起業で大事なのは家族のサポートでした。わたしが独立を思い立ったとき、子どもは小学生。これから教育費のかかる時期でした。でも妻は働いていたし、家族はすごく応援してくれた。週末起業で「家族に反対されると、こっそり隠れてやらざるを得ない。それは厳しいでしょう」と言われました。その点でわたしは、大変恵まれていましたね。本の出版は家族に認めてもらえる、一つの証しになったと感じています。

現在も書くことが仕事の中心です。『pen-info』の文具コラムは23年間ずっと続けていて、更新回数も600号を超えました。これはわたしの大事な根幹です。やめてしまったらわたしは文具業界にいる意味を失ってしまいます。生きている限り、ストップするつもりはありません。

現在はメーカーさんへ商品企画のアドバイスする仕事を少しずつ減らして、2年前から始めた「オリジナル文具のプロデュース」に力を入れています。わたしが商品企画をして、委託製造先で制作する。完成したプロダクトは、リスクを取って在庫をして、オンライン『pen-info shop (※)』でユーザー直販しています。おかげさまで、物販の事業が徐々に大きくなってきています。

https://peninfo.theshop.jp

「存在が無になる文具」という哲学

過去「持っていれば幸せになれる」「使っていると幸せになる」といった文具選びの基準がありました。ラミーのサファリやトンボのデザインコレクションなど、デザイン優先で選ぶ傾向が強かった。また、メルマガをはじめた頃は、記事で紹介するものをどんどんインプットしたいという思いもあり、打率を上げる意味で気になる文具をたくさん買っては試していました。

しかし、独立して10年ほど経った頃から、文具に求めるものが違ってきたように感じ、「使うと幸せになる」ことから「存在が無になる(※)」ことへと基準を変えました。たくさんの文具を買っていた時期を経て、ある程度自分の好みに合うストライクゾーンが分かってきたのです。

※ 詳しくはhttps://www.pen-info.jp/memo/news/20160623_10553.htmlを参照

現在わたしが使っている文房具は、それは「ド・定番品」ばかりです。三菱のユニフィールドやステッドラーの芯ホルダー、ぺんてるのP209など、さまざまなプロの仕事場や現場で使われているモノに価値を置いている。最近はそういったものを紹介してばかりですね。でもそれでいいんです。

わたしが文具に求める価値は「持っていて嬉しい」だけではありません。考えをどう文字にするか。言葉を生み出し、仕事をはかどらせるなど、知的な活動をスムーズにしてくれる。つまり縁の下の力持ち的な文具を選ぶようになりました。

以前は持ち物を少なくするために、ラミー2000の4色ボールペンやロットリングなどの多機能ペンを頻繁に使っていました。しかし今は、多機能ペンは持ってはいるものの使わなくなり、単機能ペンにシフトしています。

鉛筆や芯ホルダーなどの単機能ペンは、手にした時には色や芯の太さは選び終わっている。持った瞬間、「さあ書くぞ」という意識になるので、無駄がないのです。必要以上に主張せず、わたしをサポートすることに徹してくれます。指先に溶け込んで、書くことに集中させてくれます。強い主張はないけれど、いい仕事をしてくれる。この状態こそが「存在が無になる」ということです。

ノートについても以前は綴じノートを、取っかえ引っかえ使っていました。MDノートやライフ、海外のものなど。様々なノートの書き味を知るのも自分のインプットになるという理由から、手当たり次第に試していました。

それでも50歳を過ぎた頃から、そろそろ軸足を定めないとなと感じ、使うノートの数も落ち着きました。罫線や方眼などのフォーマットには、それぞれ一長一短あると理解できた。そして3年前にダブルマージンペーパー(※)をセルフプロデュースし、今はそればかりを使っています。考えるための「自分のホームグラウンド」を作ったという感覚です。

考え方をどう文字にして表現していくか。以前はノートを普通に縦に使っていましたが、そうすると2ページ、3ページとどんどん長くなり、後で見返した時に要点がまとまっておらず、よくわからないことがありました。いまは、A4横の紙面のセンターに、メインのテーマを書き出し四角で囲う。その周囲を4つに分割し、時計回りに考えをまとめる「4分割法」というフレームワークに落ち着きました。一つのテーマは一枚の紙で完結させるのです。思考を整理したりアイデアを発想する時は、この方法でやっています。

※ 詳しくはhttps://www.pen-info.jp/library/all/note/20230905_19157.htmlを参照

pen-info 土橋正さんの仕事デスク周り
pen-info 土橋正さんの仕事デスク周り。カレンダーやノートは顔に向ける。すると情報は自然に目に入る。

文具を通じて人とつながる喜び

やり甲斐というか、今の仕事をやっていてよかったと思う瞬間がありました。イベントで20代くらいの男性から「小学生の頃から見ていました」と声をかけられたときです。子どもの頃、わたしのサイト(pen-info)を読んで文具を好きになり、社会人になった今でも好きでいてくれるというのは、発信を続けてきた甲斐があったと心から嬉しく思いました。

自分自身は20年以上活動してきても、あまり変わっていないように思います。しかし当時の小学生が成人して働いている姿を見ると、確かな時間の流れを感じます。わたしの考えや「好き」という気持ちが、彼らに影響を与えられたのかもしれないと思うと、長く続けてきたからこその喜びを感じます

わたしが発信においてこだわっているのは、ただスペックを説明するだけでは面白くないということです。仕様やサイズといった情報なら、メーカーのホームページを見ればわかりますし、AIに書いてもらえば済むことです。

だからこそ、わたしがそのペンを使って心がどう揺らいだか、どこが気になったのかなど、独自の感想を伝えるようにしています。文具を自分に通過させた時に何が残ったのかという「私(わたくし)語」で語るからこそ、コラムを書く意味があると考えています。文具との向き合い方も少しずつ変わってきました。以前は商品としての完成度を重視し「傷つけたらもったいない」と遠慮しながら使っていました。いまは、傷ついても全く構いません。むしろ味が出ている事が好きになりました。

そしてオリジナル文具のプロデュースも着実に成果が出ており、自分が作りたいと思った文具を、誰に遠慮することもなく、一切の妥協なしに作れる環境に幸せを感じています。たとえば「速筆ペンホルダー(※)」を作った時のことです。商品企画でいつもわたしは、ボール紙で模型を作ります。

それを持って制作工房の職人さんのところへ伺うと、模型を見て「えっ?お箸を入れるやつですか?」と驚かれました。「そう見えるかもしれないけれど、ペンケースにしたいんです」と伝えたら、言葉には出さないものの「本当にこれを作るんですか?」と不思議な顔をされていました。それでもわたしは遠慮せずに「作りたいので、これをお願いします」と頼み込みました。結果的に、妥協せずに本当に作りたいものを作ってもらった。そうしたら作ったわたしがびっくりするほど売れました。

※ 商品の詳細はhttps://www.pen-info.jp/library/all/ot/20250722_20542.htmlを参照。

それと同時に、わたしが道具を使うことと同じく、他人がどんな使い方をしているのかに興味があります。とくに自分が作った文具の使われ方に、使う人のこだわりやメッセージが表れているのを見るのが好きです。本当に気兼ねなく使ってくれて、角が擦れて帆布の白い部分が出てきたりしているのを見ると嬉しくなって、すぐ写真を撮りSNSにアップしてしまいます。

書く時のペンも、本数を絞って使うのが良いです。ペンケースに10本も20本も入っていると、使わないものが混ざって無駄になってしまう。ときどき「あれが必要だった」「選ぶのを失敗した」と思うこともあります。けれども成功と失敗を繰り返していくと、自分の定番がわかってきます。ペンのインクを使い切って、芯を交換した時に「これがわたしの定番なんだ」と感じるのも文具を使う喜びの一つです。

土橋さんプロデュース文具「速筆ペンホルダー」
pen-info 土橋さんプロデュース「速筆ペンホルダー」

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