はじめに
正直に言うと、これまでの僕は、世界情勢をかなり雑に理解していたと思う。トランプは分断を煽るポピュリストで、プーチンは狂気の独裁者。
ニュースやSNSに流れてくる言葉を、そのまま受け取り、どこかで「分かった気」になっていた。
だが、本書『世界の大転換』(小泉悠著/SB新書)を読み終えたあと、その前提が音を立てて崩れた。

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世界は、そんな単純な物語ではなかったのだ。
この本は、善と悪、正義と暴走といった分かりやすい対立軸では語らない。アメリカ、ロシア、中国、ヨーロッパ。それぞれの地域を、感情ではなく「政治力と軍事力の構造」から見直すことで、これまで見えなかった景色を浮かび上がらせていく。
読み進めるほどに、目から鱗が何枚も落ちた。そして同時に、「自分はどれだけ単純な理解で世界を語っていたのか」という、居心地の悪さも残った。
この記事では、本書を通して僕自身の見方がどう揺さぶられ、どう更新されたのかを、整理しながら書いてみたい。
「アイデンティティは、持ち運べない」──アメリカ社会で起きていること
金成:私の取材先の元鉄工労働者は、街を歩けば野球のコーチとして認識されているし、製鉄所で38年間勤め上げたという点でも尊敬されている。その人が雇用のある街に引っ越せば、人生を賭けて培ってくれたアイデンティティを失ってしまう。。それは尊厳や誇りにも関わってくる。根差したアイデンティティは持ち運びはできないから、その土地が廃れていくと、人も一緒に苦しくなる。p.130
この一節を読んだとき、僕はトランプ支持層をめぐる議論を、初めて別の角度から理解できた気がした。雇用の問題や所得格差だけではなく、「尊厳」や「誇り」そのものが失われていく感覚。
それは、数字や統計では測れない。民主党を支持しても、自分たちの街は守られなかった。エリートは土地に縛られず、大都市で成功していく。
その構図の中で、「Make Great America Again=偉大なるアメリカを取り戻す」というスローガンを掲げたトランプ氏が熱狂をもって受け入れられるのは、感情論として片づけられる話ではない。
ここで描かれているのは、分断という言葉では掬い取れない、アイデンティティ喪失の問題だった。それに生活苦が覆い被さり、かつてアメリカを支えた人たちが置き去りにされる現実。
かつてアメリカを強くした人たちは、トランプ大統領を熱狂的に支持している。この本を読んだ後、この事実を「ポピュリズム」という言葉だけで、片付けられなくなった自分がいる。
プーチンを独裁者と単純化するなかれ──ロシア社会の記憶と構造
小泉:ソ連は第二次世界大戦で2600万人もの国民が死に、その後も冷戦の中で「いつ核戦争で人類が滅びるかも」という恐怖と隣り合わせて暮らしてきたわけですよね。p.136
小林:プーチンが独断で決めたというよりも、「シロヴィキ(※情報機関・治安機関出身者たち)のさまざまな情報分析の結果、『侵攻せざるを得ない』となり、そこにプーチンが追い詰められていったというか──。p.137
ウクライナ侵攻を、プーチンの独裁性に起因するとは、あまりにも安易。本書が示しているのは、それとは違い、ロシア社会が長年背負ってきた恐怖の記憶と政治支配構造の現実である。
国家は一人の指導者の意思だけでは動かない。情報機関、治安機関、軍隊、そして過去の戦争体験。それらが絡み合う中で「国家戦略は選択」される。
この構造を見誤れば、戦争の原因も、終わらせ方も、見えてこない。感情的な断罪が、必ずしも現実的な解決につながらない理由が、ここに見出せると考えた。
ここから先は、日本の安全保障という「当事者の現実」に話を移す。



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